相関と因果

お昼の情報系番組などを見ているオタクやゲーマーは犯罪者予備軍だ、という話をたまに聞くと思います。

実際に僕は統計を取ったわけでも、何かの情報を見た訳でもないので、ここでは一旦その真偽については置いておきましょう。

 

今回書きたいのは「オタクと犯罪者には相関がある」ということを正しいとした時に、それが単に相関があるだけなのか、因果関係があって相関しているのか、を考えることが重要であるということです。

 

そもそも相関がある、とは何でしょうか。

 

わかりやすいように具体例を挙げて説明します。

高くても不味いご飯もあるし、安くて美味しいご飯もありますが、基本的には高い物の方が美味しいことが多いです。こういった時価格の上昇に伴って美味しさも上昇するようなとき、「ご飯の価格」と「ご飯の美味しさ」は正の相関がある、と言います。

実は認知的不協和というのが働き、高いお金を払った方がご飯を美味しく感じるのですが、少なくとも正の相関を否定するほどの力はないでしょう。

 

 

 

一方で因果関係とは、二つの事象の間に原因と結果があることを言います。

例えば、アメリカ人と英語が話せる人、これはアメリカで生まれた結果、母国語である英語を話せるようになった、という因果関係が存在します。

因果関係がある場合、基本的には相関が生まれます。

 

ここで問題です、「ドイツ語がそこそこ出来る日本人」と「ドイツに住んだことがある日本人」はどのような関係にあるでしょうか。

これは、ドイツに住むことによってドイツ語がそこそこ出来るようになった、或いはドイツが出来る結果留学や駐在の仕事をするようになった、といった原因と結果の関係が見いだせるため、因果関係もあり、間違いなく相関もあるでしょう。

 

では、「英語が出来る人」と「仕事ができる人」ではどうでしょうか。

英語が出来るような勤勉な人は仕事もスマートにこなすでしょうし、ある程度相関はありそうです。しかし、因果関係はどうでしょうか?

勿論翻訳や外資系、英語を使うような業務においては役に立つかもしれませんが、一般的に英語が出来ることは仕事の遂行には影響しません。

こういった、相関はあるが因果関係が存在しないものは多く存在します。

因果関係がある→相関がある、は真ですが、相関がある→因果関係がある、は必ずしも成り立ちません。

 

最初に例を挙げたオタクは犯罪者予備軍かという話ですが、仮にオタクに犯罪者が多いとしましょう。

相関関係はあるため、オタクを見て犯罪者傾向にある、即ち犯罪者予備軍である可能性も平均よりはという考えもあながち間違いではありません。

しかし、オタクになることで犯罪を犯してしまうようになってしまうかというと、そこに因果関係を見いだせない限りは全くそのような主張は正しくありません。

 

因果関係がある時に相関があるため、相関を見ると因果関係を疑うこと自体は良いと思います。

しかし、その先の結論を出すときは必ず因果関係を確認してからにしないと、あらぬ間違いを犯すことになってしまうかもしれません。